『どうせやり直しでしょ?』
このつぶやきに惑わされてはいけないよ。
「ドキュメント シン・仮面ライダー ~ヒーローアクション挑戦の舞台裏~」(2023年4月15日NHK再放送)
扱いが面倒な厄介極まりないドキュメントをようやく視聴しました。が…
「想像していたものと全然違う!」が率直な感想。
庵野のパワハラ? どこが? リーマンの職場とモノ作りの現場を一緒にするなよ。
庵野は最初から『段取りはいらない』『何か新しいものを』と言っているじゃないですか。
結局は田渕景也アクション監督がそのリクエストに応えられなかった、という事に尽きるのではないでしょうか。
とは言え、庵野側が「モノ作り」の段取りを踏んでいなかった(スタンスを言語化する能力が壊滅的に欠落している為、コミュニケーションをハナっから放棄している)という大きな問題はありましたし、苦悩と苦闘を重ね焼きしたアクション・シークエンスが完成品では丸っとCG差し替えでは浮かばれないにもほどがあります。
どのような形であれ、(アクションシーンが)人の目に触れたという意味で本作は貴重。記念碑であると同時に墓碑銘です。
さて、整理する意味で、庵野監督の意向・志向を類推してみると…
改造人間は人知を超えた力を持っていて、且つ戦い方も分からない。一瞬でも気を抜けば1発喰らうだけで殺られてしまうかもしれない。
勝つためには確実に相手を仕留めなければならない。様子見している余裕などない(はずだ)。
そこには従来の段取りアクションが入り込む余地はない。実際には段取りだったとしても、それを観客に悟らせない気合い、いや殺気が必要だ。
アクシデントでも構わない、命のやりとりを感じさせるアクションが欲しい。
これが言語化能力を持ち合わせていない監督の発声器官を通ると、
『圧倒的に創意工夫が足りない』『もう全部アドリブで』『一生懸命さが全然見えない』『ただの段取り』という抜き身の発言に。
逆に田渕景也アクション監督の気持ちを察してみると…
いやいやいや、段取り無しのアクションなんてありませんよ。我々には役者とスタントの安全を守る義務があります。あと、アクションはカメラアングルとセットですから。同時マルチアングルに耐えるアクションとか無理ですから。
初顔合わせならともかく、何度も現場を共有している人間同士とは思えないすれ違い。
正解は示さない。しかし駄目出しはする。
『こっちだけで進めて「違う」と言われるのは嫌だなあ』
👆庵野が「(もう殺陣で画に変化をつけられないのが分かったから)ロケーションで勝負するしかない」と言って、現場で格闘場所を追加指定し、5分で考えた振りつけを5分で覚えてグダグダのまま本番撮影したシーン。監督は画面チェックもせず「OKです」。その言葉の意味を池松壮亮だけが理解していました(完成品では全カット)。
役者陣にも想定外の課題が。
『僕の方から「こうして欲しい」というのはまず出ない』
自分の中にないものこそ正解。と言いながら、監督がOKを出さない限り採用はないのだから、間違いなく正解(とジャッジする基準)は庵野の中にしかありません。何と言う矛盾。
このドキュメント見て真っ先に思ったのは「実は樋口真嗣って(演出家としての力量はともかく)超有能な庵野アナライザーだったのではあるまいか?」という事。
今回、このアナライザー役を買って出たのが、本郷猛役の池松壮亮。
いやこの人凄いわ。清涼剤にして潤滑油。しかも可能な限りのハンドリングまで試みています。この人がいなかったら多分現場空中分解して本当の修羅場になっていたでしょう。
ビジュアルがちょっと…とか言ってゴメンよ。
さて、段取りを感じさせない、殺気溢れるアクションとはどんなものか。
んなもん「Vシネアクション」しかないでしょ。
縦に長いロケーションを活かしたクモオーグとのワンカットバトル。走るも掴むも回るも必要ありません。黙って端から端まで殴り飛ばし蹴り飛ばしていけばいいんですよ。相手が命乞いしようが動かなくなろうが構わず蹴り続ける。
『ライダー・ヤクザ・キーック!』
ついでに、クライマックス、役者3人に委ねられた「泥臭い戦い」に関する私見。
自分ならどう撮る?と問われれば、多分「ひたすら殴る」にすると思います。
最後は膝立ちで互いの胸倉掴んでひたすら顔面パンチ。相手の攻撃も避けない。仮面が割れるまで殴り合う。
テキストは「矢吹丈対カーロス・リベラ」。拳が睦言に昇華してやおいがキュン死するような終わりにすれば女性客も取り込めたのでは(んな訳ゃないか)。
余談ですが、田淵さんも庵野さんも「泥臭い戦い」の事を略して「泥仕合」と言っていましたが、「泥臭い戦い」と「泥仕合」は全然意味違うぞ。
◆泥仕合…互いに相手の悪事をばらしたり、あげあしを取ったりして、醜い争い方をすること。そのような争い。
意図的に使っているのなら大したものですが(互いに悪意の満漢全席)。
本作を観て思い出したドキュメントが2本。
ひとつはスタンリー・キューブリックの娘、ヴィヴィアンが撮った「シャイニング」の舞台裏「Making "The Shining"」
劇中でダニーがハロランに「シャイニング」の話を聞くシーン。撮り直す事148回(ハロラン役のスキャットマン・クローザース精神崩壊)。
ウェンディ(シェリー・デュヴァル)がジャック(ニコルソン)をバットで殴るシーンが127テイク(シェリーは全編に渡って監督に精神的に追い込まれていました)。
インタビューで撮影思い出して泣いちゃうハロラン。
あの有名なドアを斧でぶち破ったジャックが裂け目から覗いて笑うカット、僅か2秒のために190テイク。
ラストカットに至っては132回撮り直して結局没(酷すぎる!)。
我儘放題し放題ですが、キューブリックも役者の引き出し全部開けさせて(あるいは偶然が生み出すマジックを全部確認して)、その中から正解を選ぶタイプみたいです。
もうひとつは総監督:庵野、監督:摩砂雪で撮影された「ガメラ3 邪神覚醒」の製作ドキュメント「GAMERA1999」。
監督(金子俊介)、特撮監督(樋口真嗣)、プロデューサー(南里幸)の総当たり不協和音をこれでもか!と綴った現場の本音。
総監督が庵野なので、当然視点は樋口寄り。
金子を庵野に、樋口を田淵に置き換えれば、まんま今回のドキュメントと相似形になります。
で、「GAMERA1999」にはいるのに、「ドキュメント シン・仮面ライダー」にはいない(存在が認識できない)のがプロデューサーなのですが…。
何やってたんだ白倉伸一郎。
★池松壮亮くんに何か失礼なことを言ってしまった(そして悩んだ挙句の泥仕合を切って捨ててしまった)本編紹介記事はこちら。
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★本日4月17日は出崎統(1943~2011)と小池一夫(1936~2019)の命日。
おふたりの追悼記事を再掲しておきます。