
『写真…置いてやらないんですねえ』
『え?』
『いや写真…遺影』
『はい…置いてますけど』
『…どこすか?』
『えと…そこです』
『え、どれ?…違いますけど』
『え?』
『これ…大祐じゃないですけど』
『そんなに変わってますか、昔と』
『いや、変わってるとか…全然違う。全然違う人』

夫の一周忌。疎遠だったと言う生家の兄が弔問に。しかし、仏壇の遺影を見た兄は「これは弟じゃない」と。
顔が変わった、面影がない、というレベルではなく、明らかに別人。
『じゃあ、この人…』
『『誰なんですか?』』
「ある男」(2021年/石川慶監督)
離婚して故郷・宮崎に幼い一人息子と戻って来た里枝(安藤サクラ)。
実家の文房具店を手伝いながら鬱々とした日々を送っていた里枝の前にふらりと現れた男・谷口大祐(窪田正孝)。
伊香保の老舗温泉旅館の次男坊だが、家督は兄に譲って家を出た。現在の仕事は役所の森林管理(ウッジョブ)。絵を描くのが好き。
寡黙でとっつきにくいが不思議な魅力のある大祐に惹かれていく里枝。
やがて結婚し一女をもうけますが、数年後、伐採中の事故で死亡。そして分かった事実。
夫は谷口大祐ではなかった。
『私は一体、誰の人生と一緒に生きてたんでしょうね?』

里枝はかつて離婚調停でお世話になった人権派の弁護士・城戸章良(妻夫木聡)に大祐を名乗っていた男の身辺調査を依頼しますが…。
そこには「戸籍売買」という闇が広がっていました。
大祐の過去を死亡時からひとつずつに手繰り寄せると同時に、温泉旅館の次男坊である本物の大祐の出奔後の足取りを追う城戸。
辿り着いたのは戸籍売買の「仲介人」小見浦憲男。

戸籍購入は「公正証書原本不実記載罪」(刑法157条1項。5年以下の懲役または50万円以下の罰金)に当たるようなのですが、仲介するブローカーは何罪になるのでしょう。
画面では「電磁的公正証書原本不実記録・同供用容疑」という文字が読み取れます。
小見浦は戸籍交換そのものよりも、その結果生じた「年金不正受給」のため懲役2年の実刑判決を喰らって大阪刑務所に収監されておりました。
面会に応じた小見浦(柄本明)は城戸の顔を見るなり開口一番、
『先生、在日でしょ』
『答えるべきことですか?』
『顔見たら一発ですよ』

小見浦は伊香保の次男坊・谷口大祐を知っていました。谷口大輔は誰と戸籍を交換したのか。
『交換やなくて身元のロンダリングですよ』
過去を洗い流したい人は一杯いる。
『先生かて、在日が嫌で交換したいと思った事、あるでしょ?』
強引に面会を打ち切る小見浦が去り際に突き付けた匕首。
『先生は在日っぽくない在日ですねぇそれはつまり、在日っぽいって事なんですよ。私ら詐欺師と一緒で。へへへへヘヘヘヘ』
煙に巻いて去ってゆく小見浦でしたが、後日ヒントめかしたものを記した絵葉書が。
自称・谷口大祐が洗い流したかった過去とは。
ミステリーとしては堀が浅く、オチの意外性とかはないのですが、安藤サクラと窪田正孝の好演のおかげで、しっとりした大人のドラマに仕上がっておりました。
ふと、谷口大祐の戸籍を買った男に「砂の器」の和賀英良(父親のライ病罹患のせいで故郷を追われ、大阪空襲による戸籍焼失に伴う本籍復活手続きで戸籍を偽造し、本浦秀夫から和賀英良となった)を重ねてしまいました。
★ご参考
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