
『危なーい!アックスボンバー三つ叉の槍!』
現代のネプチューン、ハルク・ホーガンがお亡くなりになりました。
7月24日朝、フロリダ州クリアウォーターの自宅で心停止状態で発見され、病院に搬送されましたが死亡。71歳没。
ホーガンと言えば第1回第2回IWGP決勝戦(対猪木戦)ですが、今回はあちこち越境した夢の対決を。
1990年4月13日「WWF日米レスリングサミット@東京ドーム」
ハルク・ホーガン v.s. スタン・ハンセン
現在はパンダに負けてWWEに改称したWWFの日本進出興行。
市場を荒らされては困るとばかりに待ったをかけた馬場が合同興行をもちかけ、更に坂口を巻き込んで全日本・新日本・WWFのトリプル合同興行に。
メイン・イベントはWWFヘビー級王者ハルク・ホーガン対テリー・ゴディのタイトル戦の予定でしたが、直前のレッスルマニア6で、ホーガンがアルティメット・ウォリアーに敗れ王座から陥落したためにノンタイトル戦に。マッチメイクも白紙に戻って浮上したのがスタン・ハンセン。
全日本で外人レスラーNo.1の座を築いたハンセンと、新日本を足掛かりにWWFのトップに立ったホーガン。はっきり言ってホーガン対ゴディ戦なんかよりはるかに燃えるカードです。
これは「こと日本に於いては絶対こっちのマッチメイクの方が美味しい」と判断した二人も一緒。

『ICHIBAN Hogan san is still number1 Japan!Stan Hansen the western lariat is NIBAN!』
自分を「さん付け」で呼ぶホーガンが、ご機嫌にカメラアピール。
ホーガン34歳、ハンセン40歳。見ごろ蹴りごろ殴りごろ。
シングルマッチは9年ぶり(前回はハンセンのリングアウト勝ち@後楽園ホール)。
実況は倉持隆夫、控室レポートは徳光さん。
ハンセンはWWFのリングアナを豪快に突き飛ばしてリングイン。
試合中に収容客数が51,100人→53,742人に上方修正。
剛腕な打撃系で押すハンセンに対して、ねっちりとした絡み系で対抗するホーガン。

全日本という看板とWWFという看板。重たいのはどっちだ!?
『頑張れハンセン! ニューヨークに負けるなハンセン!』
倉持アナは本試合がプロレス実況卒業式でしたが、最後まで「依怙贔屓(えこひいき)」実況は健在でした。
試合はアックスボンバー一撃でホーガンの勝利(12分30秒/片エビ固め)。

試合後、ホーガンのマッスルパフォーマンスに酔いしれる東京ドームでした。
まさかオジー追悼の翌日にホーガン追悼文を書くことになるとは…。
死因はやっぱり若い時から摂取しているステロイドなのかなぁ。
おまけ
「ロッキー3」(1982年/シルベスター・スタローン監督)にゲスト出演したハルク・ホーガン。役柄はプロレスラー、サンダー・リップス。

ロッキーとのエキジビション(チャリティー異種格闘技)マッチ。
リフトアップしたロッキーを場外に投げ捨てるなど暴れたい放題。しかし、試合が終わればロッキーの肩を叩いて『Good match』。
『なんであんな滅茶苦茶な事をしたんだ?』と問われれば『That’s the name of the game』。
プロレスラーは「プロ」の「レスラー」なんですね(この部分に関しては脚本書いたスタローングッジョブ)。
現代のネプチューンに謹んで哀悼を。
★日本プロレス史の試験に必ず出る大事件。
★ホーガン・フィギュア再販して。
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