
長谷川和彦監督がお亡くなりになりました。
1月31日。誤嚥性肺炎による多臓器不全。東京都内の病院でにて。80歳没。
20年ほど前に肺がんを患い、その後はパーキンソン病などを発症。ここ2、3年で病状が悪化し、入退院を繰り返す生活。体は動かず、会話もままならない状態だったそうです。
監督人生で撮り上げた作品はわずか2本。
「青春の殺人者」(1976)と「太陽を盗んだ男」(1979)。
水谷豊+原田美枝子によるデビュー作「青春の殺人者」は、第50回キネマ旬報ベストテン第1位。
続く2作目「太陽を盗んだ男」は、第53回キネマ旬報「読者選出日本映画ベスト・テン」第1位、第1回ヨコハマ映画祭「作品賞」「監督賞」、あのひねくれ者映画芸術でもベストテン第3位と高評価だったものの興行で惨敗。
キネマ旬報に「キティフィルムは再起不能なのではないか」と書かれる始末。
『がんばれ!!タブチくん!!』がなかったら、『太陽を盗んだ男』の製作で僕は億を超える負債を背負い込み、立ち上がれなかったかも知れない』(製作の山本又一朗)
手間と無謀と無駄なこだわりを詰め込んだため製作費が湯水の如く流れ出た日本版「天国の門」(1980←ほぼ同時期)。
観返せばすべてが無茶無理破天荒。
バスジャックの皇居襲撃。皇居前広場に無許可で忍び込んで一発撮り。撮影地は坂下門前で登場する皇居警察は実物(皇居の堀に向かって手榴弾を投げるシーンのみ「よみうりランド」に作ったセットで撮影)。

女装ジュリーの国会議事堂無断侵入。警備員に思いっきり誰何されています。
長谷川監督の指示は『5分間頑張れ』。

池上季実子をスタント無しでヘドロ溢れる東京湾へ。すぐに風呂に入ったものの、臭いも汚れも落ちなかったそうです。

渋谷(撮影場所は日本橋)のビル屋上からの札束をばら撒き。
ばら撒いたのは当然偽札ですが、偽札作った時点でアウト(作ったのは当時大学生だった黒沢清←逮捕)。
※相米慎二のB班が「逮捕され要員」として待機していたそうです。

菅原文太-ミネーターのヘリアクション。落下高度は2mというのが現場主張でしたが、長谷川監督は5mと譲らず。しかし出来上がった映像は…

20mくらいあるんじゃね?
監督3作目は「連合赤軍」になるはずでしたが叶いませんでした。
これでディレカン鬼籍入りは大森、相米、池田に続いて4人目。
謹んで哀悼を。
★『ゴジが撮る撮るといっていっこうに撮らないから俺が撮った』(若松孝二)
★そして本編レビューを今一度。
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