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「やらせてください。誰でもいいんです。おれは、おれの覚えた技を、おもいきり誰かに使ってみたいんですよ。川辺さんならわかってくれるでしょう。おれたちがリングでやっているあれは……」
ここにもひとり、己の肉体を駆使して、修羅の道に足を踏み入れようとしている者がいた。
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思えば単行本第2巻最後のこの描写が、このシリーズと添い遂げる決意を促したのかもしれません。
旧UWFという異端児を背景に、現代の宮本武蔵伝説を書こうと作者が思い立って四半世紀以上。久方ぶりに最新刊のお目見えです。
「新・餓狼伝 巻ノ二 拳神皇帝編」(夢枕獏著/双葉社刊)
連載誌変更の都合でタイトルが変わっていますが、「餓狼伝」通算15巻目です。
主人公は空手家・丹波文七。
彼を中心に、グレート巽率いる東洋プロレス、松尾象山を総帥とするフルコンタクト空手・北辰館、古武術の辰宮流、スクネ流、更にブラジリアン柔術、そして総合格闘技の面々が肉と骨をぶつけ合う。
今回、丹波が対峙するのはカイザー武藤。身長2m9cm、体重135kg、ミスター・プロレスと呼ばれる国民的レスラー。
モデルが誰かは言わずもがな。獏氏は馬場が総合の舞台に立ったらどれほど強いのか、という夢のような妄想を膨らませています。
「総合は楽でいいよね。勝っちゃっていいんだから」
勿論、あのラジャ・ライオン戦のようなヘッポコピーな異種格闘技戦ではなく、リング上の果し合いとしての真剣勝負。
もう、プロレスじゃない。
もう、試合じゃない。
喧嘩ですらない。
愛しくて愛しくてたまらないもの。
そういうものだ、これは
そういうものの中に、今、俺はいるのだ。
そして、かつて丹波と命のやりとりをした堤城平の相手は、東洋プロレス総帥、タオル一本を相手にしても、プロレスを見せることができると言われた男、グレート巽こと巽真。
一時は当初構想を時代が追い越して、グレイシー柔術、アルティメットといった流れに物語が埋没しそうになりましたが、ようやく前巻あたりから本来の在り方―誰が一番強いのか、というシンプルな問いかけ―に戻ってきたような気がします。
殴る、蹴る、投げる、極める・・そんな描写だけを手を変え品を変え四半世紀。
この物語はどこに行き着くのか。作者は既に完結を半ば放棄しています。
“作者が生きている限りずっと書き続けられて、作者の死と共に中断する-そういう物語であってもいいのではないかと”(あとがきより)
賛成です。登場人物たちが、どちらかの死、もしくは完全なる戦闘不能状態を以って初めて終了する血まみれの睦み事を楽しむように、我々も終わらない悦楽を作者と共に享受したいと思います。
で、「獅子の門」の最新刊はいつ?