まずは上の写真群をご覧あれ。
この数枚の写真から本作の物語を紡ぐ事のできる人がいるでしょうか。
いません。アンドレイ・ホドロフスキーその人を除いては。
十字架上で石打たれ目覚める男。両手両足欠損の小さい人と共に町へ。そこはパレード、フェスティバル。
皮剥き犬の十字架を掲げた行進、次々に銃殺される政治犯らしき人々、それを写真に撮って喜ぶ観光客、カメレオンの国を制圧するヒキガエルのショー、倉庫を埋め尽くす等身大キリスト像、チンパンジーを連れた娼婦(ちゃんとキリスト像を抱える主人公の足を洗うシーンがある)。
台詞らしい台詞もなく、ひたすら圧倒的な映像の放流、いや濁流に身を任せる前半は瞬きするのも惜しい、全身を目にする価値のある視覚体験でした。
やがて男は街中の塔に住む謎の錬金術師(ホドロフスキー)の元へ。
人糞を黄金に変える錬金術師は、男に言う。仲間と共に聖なる山に登り、不老不死を手に入れよう。
七人の仲間が順に紹介され、皆で山登りとなるのですが、この後半がちとタルい。
小ネタとして笑えるシーンは多々あるのですが、“物語”が介入してくる事で、前半の“詩”としての面白さが瓦解していくようです。
そして、あの、全てを無かった事にする受身不能な投げっ放しエンディングへ。
こんな事をして許されるのは世界広しと言えど、ホドロフスキーだけでしょうねぇ・・。
★ご参考