デストピア経典~曼荼羅畑でつかまえて(三代目)

B級カルトな特殊映画、ホラーにアニメに格闘技、酒にメタルにフィギュアに銃。日頃世間ではあまり顧みられる事のないあれやこれやを過剰なる偏愛を以てご紹介いたします。

新珠三千代万歳! 江分利満氏の優雅な生活

イメージ 1

老いさらばえた父親が歩く。先を歩く息子を追って老醜が歩く。

杖をつき一歩一歩踏みしめて歩く様をハイスピードで捉えて、蒸気機関車のSEを被せる。

好き放題に生きて、家族にさんざっぱら迷惑をかけて、もう燃えカスも残っていないのに、まだもう一旗上げてやるという顔つきで歩く。

そして駅でようやく息子に追いついた父の顔は子供の様な笑顔。嗚呼、巧いなあ。

江分利満氏の優雅な生活(1963年/岡本喜八監督)


飲んだくれてはクダを巻き、「面白くない」と嘆く、サントリー宣伝部社員・江分利満(小林桂樹)。

そのボヤキっぷり、嘆きっぷりの良さを見込んだ女性雑誌編集員が、江分利に小説の執筆を依頼。

俺が小説? 何を書く? そうだ、いっその事、俺の生き様を、スマートじゃない、器用じゃない、ただ一生懸命なだけのサラリーマンの実態を書いてみよう。

直木賞を獲った山口瞳の同名小説が原作ですが、江分利のキャラは山口本人に大きく歩み寄っています。恐らくはそこに岡本監督自身も投影されているでしょうから、メタ・フィクションな多層構造映画に。

放蕩三昧の親父(東野英治郎)と静かな母親(英百合子)、時々発作を起こす妻(新珠三千代)と喘息持ちの息子。

小林の軽妙な語りに、アニメや特撮(!)まで加勢して、日本の戦前・戦中・戦後の暮らしが小気味良く活写されていきます。

小林も東野も素ん晴らしいですが、妻・新珠がいい。凄くいい。

ただ単に“好み”というだけでなく、おっとり呑気なキャラは和みます。癒し系。

お話は本来なら、直木賞を受賞した時点で幕にしてもいいはずですが、ここを起点にして江分利のボヤキにエンジンがかかります。

吐露し続ける“戦中派のボヤキ”は、全体のバランスを確実に破壊。それでも監督は、江分利は止めません。

聞かされているサントリー社員(=観客)の顔に「勘弁してくれよ、もう」と浮き彫りになっているのにやめられない。停まらない(結果、1週間で打ち切り)。

ラストカットはサントリー屋上の天真爛漫な若者社員とそれを遠目に眺める江分利。そして連打されるパイルドライバー(技じゃないぞ)。

ひとつの時代の終焉。本格的な高度経済成長が始まる・・。