足の踏み場も無い狭い部屋。
ちゃぶ台挟んで座っている男と女。
スタッフ一人も入れません!な状況で男の周りをカメラが回る回る。
こ、このシチュエーションでレール敷いたのか!? カメラが男の後に回り込むとレールの幅の分、女との距離が遠くなって妙に非現実的な空間になっている!
世界観の確立した作家の小説を雰囲気を壊さず映像化し、かつ監督の個性も主張するというのはなかなかに難しい作業です。
相手が乱歩となると、そのハードルは一気に上がり、あの実相寺昭雄ですら成功したとは…(「屋根裏の散歩者」は玉砕と言っていいと思います)。
唯一、石井輝男の「恐怖奇形人間」が過激な自己主張を(耳を傾ける人がいないまま)続けているという惨状ですが、ここに正統派の成功作が1本。
「江戸川乱歩の陰獣」
(1977年/加藤泰監督)
時代の言及はありませんが、原作が発表されたのが昭和3年。映画館に貼ってあるポスターとして登場する小津安二郎の「落第はしたけれど」が製作されたのが昭和5年なので、まあそこいらへんという事なのでしょう。
主役は本格派探偵小説作家・寒川光一郎(あおい輝彦)。
彼は怪奇や幻想といったギミックで大衆に迎合した作家・大江春泥を毛嫌いしておりました。
ある日、偶然出会った実業家婦人・小山田静子(香山美子)から春泥に脅迫されている、という相談を受けた寒川は…。
加藤泰監督のトレードマークである“クローズアップ”と“超ローアングル”がこれでもかと炸裂。
スコープサイズを活かしたシンメトリーによって奥行きを表現したキューブリックの真逆を行く“縦の構図”(本作、予告はスコープサイズですが、本編はビスタ)。
ここに覗き見的アングルが加わって、視点だけで淫靡さを醸成。そして音。
小山田夫人の夫である小山田六郎(大友柳太郎)が謎の女ヘレン・クリスティ(田口久美)と碁を打っているシーン。
互いの碁石を打つピシッピシッという音が鞭の音に変わっていく。それだけで両者の関係を描いてしまう匠さ。
春泥のモデルは明らかに当時の乱歩自身ですが、映画では寒川に古本屋で猟奇絵画を買わせたり、原作では春泥の作品であった「パノラマ国殺人事件」を寒川の著作にしたりと、意図的なイメージの交錯を試みています(脚本も加藤泰)。
という事は若山富三郎演じた出版社編集長・本田達雄のモデルは横溝正史でしょうか。
クライマックスの赤い部屋は(我ながら思考が短絡的だなぁと思いますが)清順チックで幻想的。
今観ると“2時間サスペンスっぽい”と感じるかもしれませんが(あのラストが特に)、乱歩っぽさを出しながら、それ以上に加藤泰(類義語:キングっぽさを出しながらそれ以上にカーペンター)な佳作だと思います。