デストピア経典~曼荼羅畑でつかまえて(三代目)

B級カルトな特殊映画、ホラーにアニメに格闘技、酒にメタルにフィギュアに銃。日頃世間ではあまり顧みられる事のないあれやこれやを過剰なる偏愛を以てご紹介いたします。

見上げれば加藤泰。 江戸川乱歩の陰獣

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足の踏み場も無い狭い部屋。

ちゃぶ台挟んで座っている男と女。

スタッフ一人も入れません!な状況で男の周りをカメラが回る回る。

こ、このシチュエーションでレール敷いたのか!? カメラが男の後に回り込むとレールの幅の分、女との距離が遠くなって妙に非現実的な空間になっている!

世界観の確立した作家の小説を雰囲気を壊さず映像化し、かつ監督の個性も主張するというのはなかなかに難しい作業です。

相手が乱歩となると、そのハードルは一気に上がり、あの実相寺昭雄ですら成功したとは…(「屋根裏の散歩者」は玉砕と言っていいと思います)。

唯一、石井輝男の「恐怖奇形人間」が過激な自己主張を(耳を傾ける人がいないまま)続けているという惨状ですが、ここに正統派の成功作が1本。

江戸川乱歩の陰獣」

(1977年/加藤泰監督)

 

時代の言及はありませんが、原作が発表されたのが昭和3年。映画館に貼ってあるポスターとして登場する小津安二郎の「落第はしたけれど」が製作されたのが昭和5年なので、まあそこいらへんという事なのでしょう。

主役は本格派探偵小説作家・寒川光一郎(あおい輝彦)。

彼は怪奇や幻想といったギミックで大衆に迎合した作家・大江春泥を毛嫌いしておりました。

ある日、偶然出会った実業家婦人・小山田静子(香山美子)から春泥に脅迫されている、という相談を受けた寒川は…。

加藤泰監督のトレードマークである“クローズアップ”と“超ローアングル”がこれでもかと炸裂。

スコープサイズを活かしたシンメトリーによって奥行きを表現したキューブリックの真逆を行く“縦の構図”(本作、予告はスコープサイズですが、本編はビスタ)。

ここに覗き見的アングルが加わって、視点だけで淫靡さを醸成。そして音。

小山田夫人の夫である小山田六郎(大友柳太郎)が謎の女ヘレン・クリスティ(田口久美)と碁を打っているシーン。

互いの碁石を打つピシッピシッという音が鞭の音に変わっていく。それだけで両者の関係を描いてしまう匠さ。

春泥のモデルは明らかに当時の乱歩自身ですが、映画では寒川に古本屋で猟奇絵画を買わせたり、原作では春泥の作品であった「パノラマ国殺人事件」を寒川の著作にしたりと、意図的なイメージの交錯を試みています(脚本も加藤泰)。

という事は若山富三郎演じた出版社編集長・本田達雄のモデルは横溝正史でしょうか。

クライマックスの赤い部屋は(我ながら思考が短絡的だなぁと思いますが)清順チックで幻想的。

今観ると“2時間サスペンスっぽい”と感じるかもしれませんが(あのラストが特に)、乱歩っぽさを出しながら、それ以上に加藤泰(類義語:キングっぽさを出しながらそれ以上にカーペンター)な佳作だと思います。