
とある個展に展示された女体像をねっとりと撫で回す男。
足の指からくるぶし、ふくらはぎ、膝、もも、尻、腰…。
手つきもさることながら目つきが怪しい(と言うかアブない)。

光の無い世界に生きる全盲の男がのめり込んだ“触覚”の世界。その手に絡め取られたひとりの女。その行きつく先は変態か、純愛か。
「盲獣」(1969年/増村保造監督)
江戸川乱歩の原作に増村監督は大鉈振るう設定変更を試みています。
原作の盲獣はテッド・バンディかエド・ゲインかというシリアル・キラーで、女の命など一顧だにしない文字通りの獣ですが、こちらの盲獣・蘇父道夫(船越英二)は繊細な感情を持ったひとりの男として描かれています。
彼の“芸術活動”をアシストする母親(千石規子)の存在も増村オリジナル。
彼女を配する事で、母と息子、息子と嫁、嫁と姑という疑似家族の投影が可能になり、狂ったシチュエーションでありながらもその関係性は一般家庭と変わらないという、一周廻って元に戻る人物関係になっています。
で、緑魔子。盲獣にかどわかされる新進のモデル島アキ。母と子の関係に割り込む異分子。たった3人による密室のドラマ。
彼らを飲み込む密室、盲獣のアトリエ。捕えられたアキの移動と共に映し出される壁一面の目、鼻、口、耳、手、足のオブジェ。
そして最後に電気(道夫には不要なものですが)が点けられ明らかになる室内。

このオブジェの森の中で追いかけっこをする二人が私にはエデンの園ではしゃぐアダムとイヴに見えました。
アキをモデルに最高の触覚芸術を造ると意気込む道夫。最初は拒絶反応を示していたアキでしたが…。

終盤はほぼ映画のオリジナル。一見、変態の極致に突き進んでいるように見えますし、猟奇な結末も駄目な人は駄目でしょうが、見方によっては形而上学的に昇華された純愛であり、ここが乱歩と増村監督の違いです。
リアリティ・ゼロの四肢分断。彼が斬ったのは人か粘土か妄執か。
もう一度、石井輝男監督の「盲獣VS一寸法師」を観てみようかな…。