
『天皇陛下ぁ! 海軍中尉!江上孝! お先に参りまぁーす! 天皇陛下!万歳!』
改憲派の尖峰・黛敏郎からは『非常に巧みに作られた左翼映画』と言われ、社会派の巨匠・山本薩夫からは『非常にうまく作られた右翼映画』と言われ、面舵・取舵双方から叩かれた不遇の作品。
恒例:8月15日、今年のお題は、
「大日本帝国」(1982年/笠原和夫脚本、舛田利雄監督)
東条内閣の組閣から東京裁判まで、開戦とその後始末を描いた3時間超大作。
岡田東映社長の命名による煽情的なタイトルと素ん晴らしいデザインのポスターが右翼・好戦の誉れを上塗りしておりますが、実態は天皇制にけたぐりかます反戦映画。
「ねえ、おかみさん、天皇陛下も戦争に行くのかしら?」
『日本政府がポツダム宣言を受諾したとしても、天皇陛下はたとえお独りになられたとしても、必ず私らを助けにきてくれるはずです!』
遠~くの方から石を投げている感じですが、極めつけは、東京裁判で『天皇陛下に戦争責任無し!』と言い切った東条英機(丹波哲郎!)の『仏様に比べたらばこの地上の帝王など実に小さなものだ』発言。
これ史実なのか? 笠原の創作なのか? 丹波のアドリブ…の訳ゃないですが、丹波じゃなかったら許されない台詞かもしれません。
個人的には、三浦友和演じる小田島剛一陸軍少尉がかっちょ良かったですねえ。
サイパンで上官から保護している非戦闘員を放置して原隊復帰せよ(民間人など見殺しにしていいから軍人としての本分を全うせよ。要するに玉砕しろ)という命令を受けた時の
『軍人の本分とは何ですか?
祖国を守ることではないですか?
祖国とは何ですか? そこに住む人間たちではないですか?
ここにも日本人がいる以上、ここが祖国です!』
そして、敵前逃亡犯としてぶった斬ってやる!と軍刀を抜いた上官に向かって、
『あなたの軍刀はアメリカ兵を斬るために下げてるんじゃないのか?! 私を斬る前にアメリカ兵を斬れ!
敵軍を斬り破って勝利を得たら、この首はいつでもあなたに差し上げる!』
実に映画的なヒーロー像ですが、やはりこういう人がひとりくらいいないと。

一旦は投降しかけたものの、日本兵の頭蓋骨でフットボールをしている米兵を見て…
映画としては舛田監督の演出が大味で、戦闘シーンが良かった反面、ドラマ部分のハリボテ感が半端無いのが残念無念。
特に残念だったのがラストシーン。
夫(あおい輝彦。民間人)がサイパンで玉砕したと伝えられ、幼い息子を連れて闇屋で生計を繋いでいる妻(関根恵子)がどこぞの海岸の波打ち際で夫と再会する大団円。
どうして再会って必ず波打ち際なんでしょうねえ。

関根と息子は駅に向かっているはずなのですが、何故道を歩かん!? 闇物資背負って波打ち際を歩く必要がどこにある? 炎のランナーか?
あと復員してきたあおい輝彦も何故、大荷物背負ってたった一人で波打ち際を歩いているんだ? その土地には道がないのか?
関根が荷物持って駅に向かっているって事は仕入れの帰り道って事で、地元じゃないって事だろ? ここで二人が出会う確率って天文学的数値なんじゃないか。
そこで“♪あなたは、誰と、契りますか~?”とか情感たっぷりに歌われてもなぁ…。
大人数の出演者の交通整理は巧みだったのですが、別の監督であったなら、と思わずにはいられない戦争超大作でした。