
『外国人を殺す。捕虜はとらない。一人残らず殺す』
清々しいがまでの割り切り。そうです、殺ると言ったらとことん殺る。クーデターに妥協は不要。
「クーデター」
(2015年/ジョン・エリック・ドゥードル監督)
ちょいとした発明品で会社を興したものの、あっさり潰したジャック(オーウェン・ウィルソン)。
水道技術士として大手企業に潜り込みましたが、勤務先は東南アジアの小国(雰囲気は明らかにタイですが、ベトナムと繋がっているという設定なのでラオス、カンボジアも視野に入れた架空の国)。
空港着いても迎え無し。指定ホテルに行けばテレビは映らない、電話は繋がらない、電気は点いたり点かなかったりで前途多難(カミさんは初日から鬱状態)。
英字新聞を求めて町に出たら、目の前で警察隊と群衆が正面衝突。警察隊を蹴散らした暴徒の群れは外国人を次々射殺撲殺轢殺(外国人を道路に並べてトラックで一気に轢き殺す)。

ライフラインを人質にとった海外資本の国家乗っ取りに対する叛旗と見せしめ。
ホテルに雪崩れ込んで来る殺戮部隊。ジャックは妻と二人の娘を抱えて決死のサバイバル。

観客としてはジャックらの逃亡劇を固唾を呑んで見守る、というのが正しい鑑賞法ですが、正直この家族の安否とかどーでもいいです(製作意図を真っ向否定)。

クーデターは常に起こす側に理があります。目的達成のためにはあらゆる行為が正当化されねばなりません。
ジャックが目指すのは当然アメリカ大使館。そんな子供でも読める手の先手を打たない反乱軍ではありません。
治外法権なんざ知ったことかとばかりに大使館殲滅&爆破。当然です。私が反乱軍でも真っ先に大使館を潰します。
例によって主人公一家だけが奇蹟のような幸運に恵まれ続け、死体の海を泳ぎきるいつものアメリカ映画。
これ、別の視点(クーデター側でもいいし、現地の市井の人でもいい)で描いたらかなり印象の違うものになったでしょうに勿体無い。
ジャックらの前に都合よく現れては窮地を救ってくれる謎の英国人旅行者ハモンドを演じたピアース・ブロスナンが儲け役でした。
