
昨日の「ゾンビ論」の補足。
本書は“ゾンビ論”であって“ロメロ論”ではないので、当然もうひとりの勇、ルチオ・フルチに関してもページを割いています。
ご存知のようにフルチの代表作「サンゲリア」の原題は「ZOMBI2」。ロメロの「ゾンビ(ヨーロッパ公開タイトルZOMBIE)」の非公式続編です。
この「サンゲリア」の眼球串刺しシーンをはじめとするフルチの残酷描写には一目で分かる特徴があります。
- 多くの場合、ストーリーと関係がない。
- 即物的な死というものは少なく、死に至る過程をじっくり描く。
- しつこくしつこくしつこく描く。

ここで暗転・悲鳴とかに逃げず最後まで描ききるフルチを尊敬します。
何故、そこにそんなに力を入れる?と思う事多々でありましたが、本書はこれに対するひとつの解答(?)を示しています。
“フルチの映画はよくストーリー性が低いだとか、支離滅裂だとかいった理由で貶されることがある。確かにそういう面はあるだろう。だが、それでも彼の映画が熱狂的に支持されているのは、個々の残酷描写が独立した「死の短編ドラマ」として成立しているからではないか”
フルチの作品は不条理な死を横串で繋ぐ一種のオムニバスである。なるほど、この着眼はすんなり腹に落ちました。
「地獄の門」も「ビヨンド」もそのような構成と性格を併せ持った作品であったと思えば、あの豪腕演出も納得できます。
まあ、フルチ本人がそんな事を意識していたかどうかは甚だ疑問ではありますが。
『だって仕方ないじゃろう。地獄の釜が抜けちまったんじゃから』
という開き直りが個人的には一番すっきりする解答ではありますです、はい。

★では、行ってみましょう、フルチ祭り、いざ開幕。