
だが、人殺しは教えん!』
毎年恒例8月15日。今年はこれを。
「血と砂」(1965年/岡本喜八監督)
昭和20年。中国大陸、北支戦線。音楽学校を出たばかりで鉄砲の撃ち方も知らない少年兵軍楽隊13名。
彼らの最前線送りを拒否したために一緒に最前線に送られた小杉曹長(三船敏郎)。
“聖者の行進”を演奏しながらの着任に眉をしかめる大隊長、佐久間大尉(仲代達也)。

「あの曲は何だ」
「(銃殺された)小原見習士官への追悼曲のつもりでしょう」
「追悼曲? 追悼曲なら“海ゆかば”が決まりだ」
「“海ゆかば”では寂しすぎる。見習士官はあれで22,3でしょう。人生の終りとしては短すぎて寂しすぎます。せめて賑やかに送ってやりたい。そう思いませんか」
小杉曹長と少年兵軍楽隊に下った指令、それは八路軍に占領された見晴らし陣地、通称“ヤキ場”の奪回。
サポートは営倉に入っていた3名。板前の犬山一等兵(佐藤允)、葬儀屋の持田一等兵(伊藤雄之助)、そして戦闘を拒否し続ける志賀一等兵(天本英世)。

役回り上、ヒールになっている仲代達也が良い。少年に楽器の携帯を許可し、本営撤退命令が出てもこれを拒否してヤキ場へ。
『指揮官は死ぬ時は先頭、退く時は最後尾』
作品のキモと言えるのが、小杉曹長を追ってきた娼婦のお春さん(団令子)。
お春に言い寄ってきた憲兵の根津曹長(名古屋章)が『俺は奴(小杉)とはココが違う』と頭を指差すと、
『違うね。(あんたと小杉さんの違いは)ココよ』と胸を。

男はハートなんですねえ…(これが男のファンタジーなのは百も承知ですが)。
補給を絶たれ、大地を埋め尽くす八路軍の前に追い込まれていく小杉と少年兵。
最後に彼らが手に取ったのは武器ではなく楽器。
ヤキ場を覆い尽くす爆炎の中、響き渡る聖者の行進。その音色がひとつ、またひとつと途絶えて行き…。
そして最後のトランペットが緘黙。その日、8月15日。