『俺にはもう心が無い』
『西が探します』
今まで多くの女優さんに万歳を叫んでまいりましたが、初の三唱を捧げたいと思います。
「赤い天使」(1966年/増村保造監督)
日中戦争只中の天津。陸軍病院に配属された従軍看護婦・西さくら(若尾文子)。
戦線を仕切る軍医・岡部(芦田伸介)の指示は大きく4つ。
「弾丸摘出」「切断」「死亡」「放置」
薬も血液も絶望的に足りない中、壊疽や破傷風を防ぐ手段は切断しかありません。
『今まで手や足を何百本斬ってきたか。かたわを何百人作ってきたか。数え切れん。(たとえ生き延びても)かたわになった人間は幸福か。兵隊を見殺しにするかかたわにするか、それ以外何もできない医者だ。これが医者と言えるかい』
精神的苦悩からモルヒネに浸り、不能になってしまった岡部。その岡部を愛した西。
話の骨子は大映お家芸のコッテコテべったべたメロドラマですが、背景の凄惨さが半端ありません。
銃声、爆撃音は言うに及ばず、負傷兵の悲鳴、呻き、肉を斬り骨を切断するノコギリ音、コレラに感染してとめどなく吐き続ける従軍慰安婦の吐瀉水音、正に地獄。
その地獄の中に屹立する若尾文子の凛々しさと言ったら。
輪姦され、両腕を無くした兵士(川津祐介)に身体を与え(究極の羞恥プレイ)、血まみれになって尚、威厳を失わない。
前線に出るという岡部軍医に同伴を願い出る西。
『軍医殿。西が今一番恐れているのは、軍医殿と別々の所で仕事をしたり、別々の所で死ぬことです』
コレラが蔓延する中、敵に囲まれ、明日の朝を迎えられないかもしれない状況で愛の確認をする二人。
軍医の軍服を着た若尾の美しさはシャーロット・ランプリングに決して引けをとりません。
『さくら、君のおかげで軍人らしく死ねそうだ。俺が死んでも泣くなよ』
一歩間違えばエログロ枠に入る所を、糸を引くような粘度100%のメロドラマに仕上げた手腕は流石増村保造です。