『貧乏人の金に対する恐ろしいほどの執念と抵抗。これは極貧の味を知らない者には分からないのであります』
10年をかけて犯人を追い詰めた弓坂(元)刑事(伴淳三郎)のこの一言に立ち向かえる言葉はありません。
味村刑事(高倉健)の若き正義感など、犬飼(三國連太郎)の心の闇を暴くどころかその側面に辿り着くことすら。
真実は津軽海峡の海の底。
「飢餓海峡」(1965年/内田吐夢監督)
昭和22年。風速50メートルの台風が青函連絡船をなぎ倒し、津軽海峡は投げ出された乗客で阿鼻叫喚。
漁船をかき集め、遺体収容に奔走する函館署刑事・弓坂。しかし、回収した死体の数は乗客名簿より2体多かった…。
全ての過去を抹消し闇に葬った男、その過去を心に射した一条の光として10年間慕い続けた娼婦、一度は諦めながらも真実を暴くことに執念の炎を燃やす老刑事。
『これが何だか分かりますか。あんたが仏ヶ浦で船を焼いた灰です。信じられますか? 信じられんでしょう。どこかの小遣い部屋から持ってきたと思うかもしれん。でも本当だ。私があんたを探して今日までこの手に握り締めてきた灰だ!』
正直言って、高倉健の出る幕などありゃしません。三國×左幸子×伴淳が全てです。
ただ後半(最初の事件から10年後)の舞台となる東舞鶴署の雰囲気はなかなか。
きびきびした捜査、無駄の無い会議、部下と余計な対立をしない上司。特に署長・荻村(藤田進)は頼り甲斐ありまくり。
藤田が「ちょっと休憩してお茶でも飲もう」と言った次のカットで本当に抹茶を立てていたのには驚きました(笑)。刑事部屋に茶器・茶筅があったのか、当時は。
人物の心情や回想・推理シーンをソラリゼーションで描くトム方式(クレジットは東映W106方式)も嫌ぁな情念を盛り立てています。
183分淀み無し。「砂の器」と並ぶ日本戦後裏面史の傑作です。