人はそれぞれ“優先順位”というものを持っています。
医者にとっては待遇改善と給料UP。そのためには貧乏人が何人くたばろうが知ったことではありません。
死神と呼ばれる殺し屋パルカにとっての優先順位は、幼馴染レディディとその子の命。そのためには屍の道を築くことも厭いません。
TV局にとっては保身、レポーターにとってはスクープ、権力者にとっては隠蔽。
権力×野心×武力×暴力。弾幕のカーテンコール。
「ゼロ・アワー」(2010年/ディエゴ・ベラスコ監督)
“ゼロ・アワー”(原題:LA HORA CERO、英題:THE ZERO HOUR)ってのは「危機的状況」とか「決定的瞬間」とか「攻撃開始」という意味だそうですが、カタカナにするとやたら安っぽくなっちゃいますね。C級の匂いプンプン。
しかし中身は神々しいがまでの殺戮オペラ(何故これが未公開?)。
1996年12月のベネズエラ。首都カラカス。
そこがどんな所かは、“ベネズエラ/治安”でググれば分かります。
「ホテルからわずか10メートル先にあるスーパーに行こうとしたら、ホテルのスタッフが心配してわざわざ一緒に来てくれた」
「危険だとわかっていたのでホテルまでタクシーを利用したが、そのタクシードライバーにすべての身ぐるみを奪われた」
「麻薬マフィアが牛耳っているコロンビアに住むコロンビア人はベネズエラと聞くだけで震えあがる」
そんな素敵な街で医療スト。市営病院はERも閉鎖(憲法違反)。怪我人も病人も放置野晒し構い無し。
そこに突っ込んできたバイク。運転手は死神パルカ。荷台には銃弾喰らった臨月の妊婦。
「医者はどこだ!」
勿論いません。ストに参加する気力ねー!と横になっていた哀れな新人ドクター、コバ君がつかまりましたが、薬も器具も機材もなく対処不能(ベネズエラは慢性的モノ不足)。
パルカと愉快な仲間たち(拉致られたコバ含む)はタクシー乗っ取ってグリンゴ(白人)向け私立病院ホセ・グレゴリオに(爆走する車内で出産も出血多量で母体危うし)。
元々殺し屋集団ですから、障害物は人も無機物も迷わず排除。待合室の白人は全員縛って金品強奪(死にかけの女なんか知ったこっちゃない仲間たちは自分の仕事をせっせとこなす)。
ここに警察、知事、マスコミ、軍隊、病人、怪我人大集結。
メディアの力で一躍時代の寵児になったパルカですが…(「狼たちの午後」ですね)。
腹にイチモツ、心に荷物。一番悪い奴は誰だ。
ベネズエラという土地柄も相まって色々とハードな仕上がり。絶対安普請なゆるゆるアクションだと思っていたので、この裏切りは爽快。
パルカの相棒の“ゲロゲーロ”な喋り方と声が強く印象に残ります。