
17年前「シリーズ8月15日」の第1回に取り上げた名作「日本のいちばん長い日」、その大元になったのは…
『文藝春秋』編集者の半藤一利が企画し、徳川夢声とともに司会を務めた戦後18年後の1963年6月20日に東京の料亭・なだ万で約5時間に渡って交わされた座談会。

あの日、1945年8月15日、どこで何をしていたのか。そこに至った経緯について何を知っている?
参加者は軍人や政治家、銃後の人など28名。
座談会の内容は、『文藝春秋』1963年8月号に「日本のいちばん長い日」と題して掲載。さらに半藤が取材を加え、1965年に大宅壮一の名で出版されたのが、映画の原作となったノンフィクション『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』です。

本作はこの座談会を現代のテレビ演出家が再現ドラマとして再構築した、という設定のメタノンフィクション演劇。
「日本のいちばん長い夏」(2010年/倉内均監督)
実在した座談会出席者が、自身の経験を語るのは勿論ですが、その実在した人物を演じた者(役者だったりジャーナリストだったり)もまた自身にとっての8月15日を語る二重構造。
終戦時は陸軍大将・第八方面軍司令官であった今村均が語るラバウル。
玉音放送が良く聞き取れず「一億総決起か何かの御勅語だろう」と脳内変換するくらい士気旺盛だったラバウル。
ラバウルに物資はあったのか?(質問したのは池辺良)

『ありました。弾丸でも手榴弾でも作ったし、マラリアの薬まで作ろうとしたほどでした。私の部下が7万、海軍合わせて10万人余りが何十年でも暮らせるだけのものは作りました。工場だってあったんですよ』
そうだったのかラバウル!
これをみた連合軍は、反攻にあたり頑強な抵抗が予想されるラバウルを占領せず包囲するにとどめた結果、1945年8月の終戦まで日本が占領し、日本軍のオーストラリアへの空襲などに使われた…んだそうです(ありがとうwikipedia)。
そしてこの今村均を演じた富野由悠季(!!)が語る終戦と父。
本作は所謂「文士劇」スタイルをとっており、出演者が実に微妙。
日本共産党幹部の衆議院議員・志賀義雄(治安維持法違反で検挙され、終戦まで府中刑務所内予防拘禁所に投獄)役で田原総一朗、
終戦時は陸軍中尉・陸軍士官学校教官、座談会当時は中央公論の評論家の村上兵衛役に市川森一、
終戦時は陸軍中将・内閣綜合計画局長官、座談会時は松竹株式会社顧問の池田純久役に鳥越俊太郎。

あれこれ深読みしたくなるキャスティングです。
新たな発見だったのが唱歌「お山の杉の子」。
♪むかしむかしのその昔、椎の木林のすぐそばに
小さなお山があったとさ、あったとさ
で始まるあの曲です。
♪これこれ杉の子起きなさい。お日さまニコニコ声かけた声かけた
この部分は多くの人が知っていると思いますが、この後の歌詞、知っている人少ないのではないでしょうか。
オリジナルの歌詞はこうです(一部抜粋)。
♪なんの負けるか今に見ろ。大きくなって国のため、
お役に立ってみせまする。みせまする。
さあさ負けるな杉の木に、勇士の遺児ならなお強い。
今に立派な兵隊さん、忠義孝行ひとすじに
お日様出る国、神の国
この日本を護(まも)りましょう、護りましょう。

終戦後、戦意高揚の歌として封印。1946年に歌詞を改定して復活しました。
オリジナル歌詞の「勇士の遺児ならなお強い」の部分、曲調が明るいだけにゾゾっと来るものがありました。
★直近のシリーズ8月15日
★そして本日のTV放送は!【13:00~NHK BS】
★ついでなので残念無双なリメイクも。
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