デストピア経典~曼荼羅畑でつかまえて(三代目)

B級カルトな特殊映画、ホラーにアニメに格闘技、酒にメタルにフィギュアに銃。日頃世間ではあまり顧みられる事のないあれやこれやを過剰なる偏愛を以てご紹介いたします。

新日本プロレス旗揚げ興行記念。アントニオ猪木vsカール・ゴッチ

『新日本プロレスの旗揚げ興行は立派にやれる! 一人の超大物レスラーが日本へ行き、きみと戦うからな!』

『エッ…そ、その超大物とは!?』

『わたしだよ。それともカール・ゴッチは超大物ではないかな?』

『プロレススーパースター列伝』(原作:梶原一騎・作画:原田久仁信)より。

本日、3月6日は新日本プロレス旗揚げ興行記念日

1972年3月6日午後6時半、東京・大田区体育館で新日本プロレスの旗揚げ興行が行われました(観客5,000人フルハウス)。

前年暮れにクーデター首謀者として日本プロレスを永久追放され、引退か海外か、の二択を迫られたアントニオ猪木が選んだ「第3の選択」…新団体設立。

立ち上げメンバーは魁勝司、山本小鉄、柴田勝久、木戸修、藤波辰巳。猪木を入れても僅か6名。圧倒的選手不足。

しかし、日本プロレスの圧力(猪木の団体にあがったレスラーは二度と日本プロレスに呼ばない)で海外ブッキングルートは壊滅。

八方塞がりの猪木を救ったのが(色んな意味で)神様・カール・ゴッチでした。


旗揚げ興行の記念すべき第一試合はエル・フリオッソvs藤波辰巳(18歳!)の20分1本勝負。結果は4分20秒エビ固めでフリオッソの勝利。


余談ですが、フリオッソというレスラー、後にも先にもこの興行以外で名を聞いたことがありません(ゴッチ・ルートの限界?)。ネットの情報によると1927年アルゼンチン生まれ、得意技はメキシカン・ストレッチでニックネームは(誰が付けたか存じませんが)「マットの軽業師」だそうです(そんなに軽そうには見えな…)。

1967年にはテキサスでメディコ2号を名乗りテキサス・ヘビー級王座を獲得しているそうです(2024年7月7日に死去。97歳。合掌)。

で、メイン。勿論、ゴッチvs猪木。時間無制限1本勝負。

見事なベタ足ジャーマンが炸裂。


最後はリバーススープレックスホールドが決まり、15分10秒、ゴッチの勝利で幕を閉じました。

おまけ


旗揚げ興行記念の猪木・ゴッチフィギュア。ゴッチの顔が微妙に似ていない(笑)。


そして本日は「スポーツ新聞の日」でもあります。

1946年(昭和21年)の今日、日刊スポーツ新聞社により日本初のスポーツ新聞『日刊スポーツ』が東京で創刊されました。

ついでに言えば、この翌年同日、キラー・カーン(1947~2023)が誕生しております。

★カーンがお亡くなりになった時の追悼記事をどうぞ。

 

★追記
このネタ(新日本旗揚げ戦)、猪木の追悼記事書いた時に使っておりました(丸被り)。
使い回し陳謝でございます。

 

 

 

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