『無茶をしたな』
『ドリー家の人間だからね』
拳銃を振り回す事も、徒手空拳で立ち回る事も、胸のすくような啖呵を切る事もありません。
でもこれは間違いなくハードボイルド。
アメリカ中西部ミズーリ州オザーク高原。近代社会から忘れられ見捨てられた極貧の寒村。
リー・ドリーは17歳。父は腕のいいマリファナ職人でしたが、運悪く逮捕。母は精神を病んで話すこともままならず。幼い弟・妹を抱えて一家の大黒柱として孤軍奮闘中。
そこに思わぬバッド・ニュース。
父が保釈中にバックレ。家と土地が保釈金の担保になっているため、裁判の日に出頭しなければ家も土地も没収されてしまうという。
ただでさえ一杯一杯の暮らしなのに家を失うなんて下痢腹に浣腸。
父を探し出す決意をしたリー。幸い近隣の住人は遠縁に当たる人ばかり。きっと何か知っているし協力してくれるだろう…。
しかし…何故か誰もが口をつぐみ、誰もがよそよそしい。
父は今どこに…いや、それ以前に生きているのか…。家と土地を担保にしても足りなかった保釈金の残額をキャッシュで払ったという謎の男は何者?
そこにどんな事実があったとしても立ち止まる訳には行かない。家を失う事は家族全員の死を意味しているのだから。
唯一、力を貸してくれる叔父さん、ティアドロップ・ドリー(ジョン・ホークス)がエライこと渋かっちょいい。
彼がバンジョーをスパニッシュ・ギターのように爪弾く仕草がまた妙に艶っぽかったりするのですが、この人、役者と平行して音楽活動もやっているそうです。
このおっさん、どこかで見た事があるなと思ったら「フロム・ダスク・ティル・ドーン」で(画面上)最初に殺されるリカー・ショップの親父でした。
見た事があると言えば、心を病んでしまったリーのお母さんエイプリルを演っていたのはシェリル・リー。
かつて“世界一美しい死体”と呼ばれた彼女が何というか見る影も無く…。
ついでに事の発端となった保安官バスキン役は「サラ・コナー・クロニクル」でクロマティ(T888型ターミネーター)だったギャレット・ディラハント。
実にツボなキャスティングです。
文明から隔絶された寒村に横たわる闇…。謎解きサスペンスではないので、誰が何をどうしたという事に意味はありません。
17歳の少女が、武器も覚悟も持たないまま、大人の裏社会に入り込んでいく、その怖さと強さを堪能する映画です。
ドキュンバキュンでスッキリサッパリな展開がお好きな方にはモヤモヤだけが残る映画かもしれませんが、リー(ジェニファー・ローレンス)と目線がシンクロすれば極上のハードボイルドになると思います。