『いったいこんな事がありうるのだろうか!この年老いた聖者は、自分の森の中にいて、神が死んだことについて、まだ何も聞いていないのだ』
(ツァラトゥストラかく語りき)
籠城犯と人質、両方助けようとしてどちらも死なせてしまった刑事・藪池(役所広司)。
死んだ人質が代議士だったことが災いして1週間の強制休暇(後日、無期限休暇に変更)を取ることになった藪池はひとり森の奥へ。
市の環境保全課の坪井と彼に雇われた森林再生請負屋(?)の中曽根(大杉漣)は、新しい苗を植えても飢えても枯れていく森に手を焼いておりました。
森に隣接する私有地には鉄パイプで囲われた1本の樹が。
古木と言うには細く儚く、種類も定かでない謎の樹。
この樹は近隣に住む一人の青年・桐山(池内博之)に守られておりました。
桐山はこの樹をこう呼んでいました。
「カリスマ」(1999年/黒沢清監督)
藪池を乗せた同僚刑事の車を正面から捉えたカット。フロントグラスを流れていく前景が背後に回って消えていく。そんな何気ない映像がたまらなく黒沢。
森に迷い込んで幻覚キノコ(笑い茸)を食べ、白骨化した首吊り死体を見つけて大爆笑。
両手を振り音楽を口ずさみながら、画面の上手から下手に消えていく様子を俯瞰の固定カメラで。その切り取り方がたまらなく黒沢。
森の生態を調べている植物研究科の神保(風吹ジュン)は言います。
『カリスマは自分1本が生き残るために森全体を滅ぼそうとしている』と。
藪池は考えます。『両方助ける方法はないのか』と。
森を殺してでもカリスマを守りたい桐山、カリスマを殺して森を守りたい神保、カリスマを奪いたいプラント・ハンターの猫島(松重豊)、そして、森もカリスマも助けたい藪池。
カリスマが命を絶った時にキノコ雲の幻影を伴って現れた2本目のカリスマ。
右か左かの二択を迫られて、第3の選択「混沌」を見出す藪池。
桐山が藪池に言います。『あんたがカリスマだ』
全編隠喩と暗喩の見本市。神話、あるいは寓話(「エル・トポ」あるいは「サクリファイス」と同じ箱)。
なので、脚本の細かい不合理に目を向けてはいけません。
「何で森の生態系を研究しているのに研究サンプルが観葉植物なんだ」とか、「何で植物の研究するのに圧搾空気が必要なんだ。相手はジョーズか」とか、「神保の妹・千鶴(洞口依子)が藪池燃やして助けたことに何の意味があるんだ。ものの1時間もあるけば街に出られると自分でいっているのに藪池にこの森から連れ出してと頼むのは何故だ」とか「何で植物の買い付けやっている猫島の手下が軍隊みたいな装備を有しているのか」とか気にしてはいけません。
証拠隠滅に走る猫島部隊。この殺戮の無機質さよ。
本作は「CURE」(1997年)と「回路」(2001年)のちょうど中間地点で撮影されました(公開は2000年)。
役所広司が完全無欠の伝道師として覚醒する「CURE」を重ねてしまいがちですが、世界観的には「回路」寄り。黒沢的終末曲面のプロトタイプだったのかもしれません。
★ご参考