物語が幕を開けた瞬間、“イケる”と思える作品があります。この直感は意外とハズレがありません。
ただ、行き先が予想した方向とは(大きく)違う、不思議時空直行便だったりすることもあるので注意が必要です。
叫ぶだけで人を殺せるという男の紡ぐ物語は現実か、妄執か。
「ザ・シャウト さまよえる幻響」(1978年/イエジー・スコリモフスキー監督)
とある精神病院で開催された医師・患者合同のクリケット大会。
スコアラーとして参加したアンソニー(素顔のティム・カリー!)は、患者でもあるもう一人のスコアラー、クロスリーを紹介されます。
選手の一人を見たクロスリーは、
「おお、彼か。彼のことは良く知っている。かつて彼には愛してくれる妻がいた」
「かつて?」
「別れたのさ。詳しい話を聴きたいかい?」
ぽつりぽつり。事の顛末を語り始めるクロスリー。
軽い倦怠期を迎えている夫婦。夫アンソニーは教会のオルガン弾きをしていますが本業はサウンド・エフェクター(本人曰くミュージシャン)。
子供のいない二人だけの世界にやってきた珍客、クロスリー。
アボリジニの呪術を体得し、叫ぶだけで人を殺すことが出来ると豪語するクロスリーは、魔術を駆使して妻レイチェルの横取りを画策。ゆっくりと崩壊していく家庭。
謎の男クロスリーには、精神病院と言えばこの人!「まぼろしの市街戦」のアラン・ベイツ。
夫アンソニーは、妻を寝取られる夫選手権をやったら上位入賞間違いなし!なジョン・ハート。
そして貞操にして妖艶な妻レイチェルは、「スカイライダーズ」で前夫と現夫に挟まれた幸せ者スザンナ・ヨーク。
どこまでが真実なのか。全てが狂人の妄想なのか。
本当に叫ぶだけで人を殺すことができるのか?
境界線を曖昧にしたまま迎える唐突なエンディング。
お話がどの方向に転がっていこうとしているのか皆目見当がつかないので、観ていて激しい不安に襲われます。
分かっているのはクロスリーがアンソニーと呼ぶ男は目の前でクリケットをしている、クロスリー本人もスコアラーとして参加している、そして、冒頭にレイチェルも登場しているので、この段階では誰も死んでいない、という事だけ。
ただ、レイチェルは、何かの事件もしくは事故の知らせを受けてやってきたようで、目の前には遺体らしき影が三つ(映画はここから時間を遡る)。
読み解くヒントはあちこちに散りばめられているようなので、回を重ねれば新たな発見があるかもしれません。
実に不思議な、掴み所の無い、ちょっと鈴木清順チックな異能作です(「Cure」の雰囲気にも通じる所があるような…ってか黒沢監督、絶対コレ観てるだろ)。
1978年カンヌ国際映画祭・パルムドール・ノミネート、審査員特別グランプリ受賞。