『わたくし、ニャルラトホテプと申します。“這いよる混沌”なんぞをやっております』
ラブクラフト・コメディ、略してラブ・コメ。ううむ。
既存概念を世界観のベースに敷くやり方は「エヴァ」でお馴染みですが、エヴァに於けるキリスト教(一部ユダヤ密教)ネタはオタクと知識層に対する“撒き餌”で一種のギミック。
視聴者は特に「死海文書」だの「ロンギヌスの槍」だの「リリス」だのの知識が無くとも理解に支障はありませんでした。
外灯に引き寄せられる蛾のように、テクニカルタームに近づいたら「あなたは死なないわ。私が守るもの」の一言に焼かれて落ちて、気がつけば庵野の術中に…。
しかし、本作は「初めに元ネタありき」。
『お前、その手に持っているものは何だ?』
『これですか? 名状しがたいバールのようなもの、ですが』
『突然思い出したようにクトゥルーネタを混ぜるな』
という会話とは裏腹に、“まず、パロディである事”が、絵面のアイデンティティになっています。
ネタ元はクトゥルー神話とその関連商材および往年の特撮ドラマならびにアニメ。
ベタからコアまで寄せては返すネタの海。
「這いよれ!ニャル子さん」(2012年4月9日-6月25日放送/長澤剛監督)
普通の(?)高校生、八坂真尋は得体の知れない怪物(夜鬼-ナイト・ゴーント-)に襲われた所を、碧眼・銀髪アホ毛の美少女に救われます。
彼女は自らをニャルラトホテプ(ニャル子)と名乗るのでした。
クトゥルーの邪神を萌えキャラに。宇宙人女が押しかけ女房的に居座る展開はまんま「うる星やつら」ですが、その深夜バージョン(種族・性別を超越した愛の無法群像劇)だと思ってください。
『僕のイメージだと(ニャルラトホテプは)もっとモンスターっぽいぞ』
『お望みとあらば、その姿にもなれますが・・SAN値が下がりますよ』
ゲームと言えば、コンピュータ・ゲームのアクション・アドベンチャーをシングル・プレイ、な私にとって、高度なコミュニケーション能力とリアルな友達の存在を前提にしているテーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム(以下TRPG)は遠い世界の存在ですが、よもやどれだけのユーザが存在しているのかも分からないTRPGの1つ「クトゥルーの呼び声」の中にしか出てこない正気度指数“SAN値”が何の説明も無しに出てこようとは…。
ご丁寧にダイスを転がすイメージ・ショットまで挿入して。
滅茶苦茶な擬人化を施しているくせに、基本設定は驚くほど原典に忠実。
ニャル子のライバルには、ちゃんとニャルラトホテプ不倶戴天の敵・クトゥグア(クー子←実はニャル子LOVEで以後延々ニャル子に子作りを迫る)が。
炎の邪神らしく、台詞の中に「ファイヤーマン」の歌詞が入っていたりします。
ルルイエ復活の聖句も(一節のみですが)正確。
『夢見るままに待ちいたり。今この時、星辰は正しい位置につき、ルルイエは浮上する』
但し、ルルイエは株式会社クトゥルーが運営するテーマパーク。直行タクシーはダゴンくん(勿論、ガールフレンドはハイドラちゃんだ!)。
お化け屋敷はアーカム・ハウス、マスコットはインスマウスくん。
ここで登場するノーデンスだけはほぼ原典の通り。左手に三叉の矛、右手は銀の義手、白髪・白髭の逞し系爺。ナイトゴーントを手先に使うのも神話設定のまま。
まあ、今更ラブクラフト全集を読み返すのは面倒だと思うので、手元に「図解クトゥルフ辞典」(新紀元社/森瀬繚編著)あたりを置いてご鑑賞ください。
因みにニャル子初登場時のキメポーズは仮面ライダー新1号、入浴中の真尋さん襲撃時は同2号、クー子対戦時のフルフォースフォーム変身ポーズはV3のそれでした。
とか言いながら、中盤では「ときめきの聖夜」を彷彿とさせるようなベタベタ王道恋愛話にシフト(皆して子作りを口にしているくせに、キスのハードルが異様に高い)。
神話か胸キュンか!?
DVD/BDは現在第4巻まで発売中。イスの偉大なる種族と大林宣彦が手を組んだ(?)後半のレビュー(其の弐)はいずれまた。