必殺シリーズの歴史上、仕置人殺人事件と並ぶ大事件が“ネット・チェンジ”、所謂“腸捻転解消問題”でしょう。
1975年3月31日、必殺の製作局である朝日放送がTBS系列からNET(現テレビ朝日)系列にネット・チェンジしたため、放送中だった「必殺必中仕事屋稼業」が突然、チャンネルも曜日も変更される事に。
34.2%という歴代最高視聴率を誇った仕事屋はこの煽りで視聴率半減。TBSもキラー・コンテンツを失うハメになりました。
そこでTBSは考えます。“必殺を放送していた日時に似たような番組を流せば、視聴者は今までの習慣でチャンネルを合わせてくれるに違いない”
TBSは朝日放送に替わって準キー局となった毎日放送に「必殺のレプリカを作れ!」と指示を出し、毎日放送は東映に企画を発注します。こうして生まれたのが、
「影同心」(1975年4月5日-1976年3月27日放送)
時代は天保年間。南町奉行所のスチャラカ同心、更科右近(山口崇)、高木勘平(渡瀬恒彦)、柳田茂左衛門(金子信雄)が主人公。
何と、中村主水×3です!
前口上は芥川隆行、準レギュラーである長屋の高利貸に菅井きん、金子信雄の妻に実生活の妻である丹阿弥谷津子を起用し毎回「あなたの元に嫁(か)して三十年。後悔ばかりの毎日でございました」のキメ台詞を言わせるなど、なりふり構わぬパクリぶり。
監督も工藤栄一、深作欣二など必殺系多数。
第4話「欲にからんで殺し節」のゲストは岸田森。翌年の「必殺からくり人」で江戸の妖怪・鳥居耀蔵(とりいようぞう)を、更に翌年の「新必殺仕置人」第1話ではゲストとして中村主水に斬り殺される上役・筑波重四郎を演じています。
因みに監督は「必殺からくり人」最終話、「新必殺仕置人」第1話と同じ工藤栄一です。
TBSの目論見は図に当たり、影同心は立ち上がりから高視聴率を弾き出します。調子に乗って「影同心Ⅱ」も作りますが、徐々に低迷。シリーズは2作で打ち切りに。
パクりにパクったTBSですが、一番肝心な部分を見落としておりました。
それは謝礼。
必殺はたとえ僅かでも頼み人の依頼料がなければ仕事をしません。
「俺たちはワルよ。ワルで無頼よ。な、鉄」(必殺仕置人第1話より中村主水の台詞)
影同心は金を貰いません。行動原理は“義憤”。
「どうにも腹の虫が納まらねえ…」
正義と言えば正義ですが、一歩間違えれば感情に任せたただの人殺しです。
更に、3人には鳥居甲斐守(田村高廣←助け人だ!)という後ろ盾がいます。つまり、必殺と言うよりは「隠密同心」「大江戸捜査網」に近い立ち位置なのです。
で、信じられないのが、この後ろ盾。鳥居甲斐守って鳥居耀蔵のことですよ。
「必殺からくり人」で蘭学者を弾圧し、夢屋時次郎(緒方拳)が命懸けで挑む最後の敵ですよ。それが後ろ盾って…。
余談ですが、からくり人で鳥居耀蔵を演じた岸田森は、73年のNHKドラマ「天下堂々」でも同役を演っており、鳥居と言えば岸田、なイメージがあります。
とは言え、東映独特の殺伐とした空気も嫌いではないので(特に黒沢年男、浜木綿子、水谷豊のトリオによる「影同心Ⅱ」も時代の徒花として楽しませてもらっています(時代劇専門チャンネルで放送中)。