再生した脳。最初に紡いだ言葉は悲鳴。願いは死。
『DESTROY…ME!(私を破壊してください)』
親のエゴが息子の理想を捻じ曲げる。
「ニューヨークの怪人」(1958年/ユージン・ローリー監督)
霜のつかない植物の開発など食糧事情に貢献し、世界最年少で国際平和賞を受賞した天才科学者ジェレミー・スペンサー。
しかし、不慮の交通事故で他界。
“悲嘆にくれる妻と幼い息子を哀れに思った、父・ウィリアムはジェレミーの脳髄を取り出し…”とかOriconのデータベースには書いてあります(ジャケ裏にも似たような事が書いてあります)が、大嘘です。
父(こいつは脳外科医)は“天才の脳は生かされねばならない”という妄執から、もう一人の息子(こいつは機械系発明家)を抱き込んで、ジェレミーの脳を組み込んだ人造人間(フランケンシュタインの怪物、ロボコップ、いやハカイダ―か)を生み出します。
息子の感情も嫁の想いも全部無視。『お前は研究を続けねばならないのだ!』
エゴでマッドな父親に翻弄されるふたりの息子。
しぶしぶ研究を再開したジェレミーでしたが、やがて精神が蝕まれ…。
味覚も嗅覚も触覚も失ったジェレミーは代わりに“千里眼”を獲得。地下研究所にいながら世界を見ることができるように(そして兄の妻に対する横恋慕も知ることに)。
千里眼は脳の可能性という意味で納得できないこともないのですが、終盤に使う“眼から怪光線”はどうにもこうにも。そりゃ脳じゃなくて器の問題だろ。そんなオプションあったのか?
やがて、かつての情熱はどこへやら。『何故スラムの人間のために食料を供給しなければならないんだ!』『理想主義者は皆殺しだ!』と恐怖の宗旨替え宣言。
ジェレミー追悼のために催された国連本部での式典に乱入して殺戮絵巻。
背にしている碑文が印象的。“自らの功績を称える碑文の前で”とか言っている人がいますが、これも嘘。
「剣と鋤」と名付けられた「イザヤ書」の一節です。
“こうして彼らはその剣を打ちかえて鋤とし、その槍を打ちかえて鎌とし、国は国にむかって剣をあげず、彼らはもはや戦いのことを学ばない”
冒頭でジェレミーが言っていた『食糧が満ち足りれば、誰も戦争をしようなんて思わない』に呼応しています。
理想に背を向け殺人光線。象徴的な構図です。
ピアノ一本によるいかにもサイレント映画風の伴音もいい雰囲気。
低予算ですが味わい深い一編です(やはりSFは50年代だなあ…)。