全裸派か下着派か。まずは監督自らがOPに手を加えてまで所信表明。
大沼心は全裸派だった…。
「妹さえいればいい。/第9話・全裸と下着さえあればいい。」
(2017年12月3日TOKYO MX放送/板庇廸演出)
コミカライズが決まった「妹法学園(まほうがくえん。略称まほがく)」。
その第1話原稿があがってきた。期待通りのクオリティ…ではあったもののそこには原作者・伊月にはとうてい容認できない欠陥が…。
『どういうことだ!なぜ…なぜヒルデが全裸じゃないんだぁぁぁぁぁ!!』
漫画家・三国山蚕は大の下着フェチでした。
全裸至上主義vs下着原理主義。決して交わることのない立体思想交差点。
『下着とかいう小汚い布切れが妹の神聖なる全裸を妨げるなど言語道断!妹はありのままの姿が一番美しいのだ!』
『それでは野生の獣と変わらないではありませんか!人は下着を纏って初めて人間となるのです。美しいものには美しい下着!それこそが人間の美の探求ではないでしょうか』
『バカめ!美しいものはただそれだけで美しいのだ。全裸こそ至高のファッション!妹とはこの世で最も美しい野生の獣なのだ!』
かつてこれほどどうでもいい議論があったでしょうか。更にここに臀部信奉者のイラストレーター、ぷりけつが乱入してきたため話は混迷。
「はぁぁぁぁぁぁ!?ちょちょ…ちょ!なに考えてんすかアンタ!全裸の女の子にパンツを穿かせるなんてそれが人間のすることっすか!」
全裸か下着かケツ出しか。話はいつしか「まほがく」コミカライズの権利を賭けた蚕vsぷりけつの画力対決に。
ここで蚕は頭につけたリボン(の形に折りたたんだパンティ)を再装着して勝負モード。
「三国山蚕…これより修羅となります!」
いやそれパンツ被ったただの変態だから…。
ご無沙汰しております、雪原の青!
勝負は下着を脱がす過程をコマの流れで展開した蚕の勝利(こ、ここまででAパートだと?)。
後半は身をもって全裸の素晴らしさを蚕に見せつけるも、漫画家特有の手先の器用さの前に陥落する那由多という「いやあ、深夜アニメだねえ…」な展開。
『どうして?そんなに…』『漫画家なので手先が器用なのです』
『ま、漫画家…しゅごいぃぃ』
全裸と下着とケツ出しと。みんなちがってみんないい。