『あなた、だあれ?』
『さぁ。別に諸星家の主婦でも、あたるの母でもなくてよかったみたいね。よくわからないわ』
本日7月30日は「お母さんが夢に乾杯する日」。
全国に向けて百万母力(!!)の子育て情報紙「お母さん業界新聞」を発行する株式会社お母さん業界新聞社が制定。
「孤育て(孤立した子育て)をなくし、お母さんの笑顔をつなぐ」のが目的なんだとか。
「お母さん」で「夢」とくれば、ご紹介する作品はこれしかないでしょう。
「うる星やつら/第101話(通算第78話)・みじめ!愛とさすらいの母!?」(1983年7月27日放送/押井守脚本、西村純二演出)
苦情殺到、フジテレビ激怒。
どこが問題って全部問題な衝撃作。押井を放し飼いにしたらどうなるか、の実証実験。
主人公はあたるの母。
目覚めと共に始まる戦場のようなハードワーク。少ない稼ぎと限られた食材で育ち盛りの息子を黙らせる手練手管。
ようやく1日が終わる時にふとよぎる想い。
『昨日なかったことが今日あるはずもなく、今日起きなかったことが明日起きるはずもございません。ただ、ただ時折、ふと何かの拍子に、この胸をかすめるのでございます。けして不満ではなく、娘時代の漠としたあこがれでもございません。なにかしら懐かしいようなあてどない想い…』
バーゲンセールの会場は文字通り戦場。ラリアット、ジャーマン、ドリル・ア・ホール・パイルドライバーが炸裂するバトルロワイヤル。
一瞬の油断。ジャンピング・ニー・パッドを喰らってしまったあたる母はその場で昏倒。
目覚めれば医務室。さくら先生によく似た医師。
『バーゲンセールの会場で転倒した時、頭を打ったのです。軽い脳震盪を起こしただけで、別段他に障害はないので心配する必要はありません』
礼を言って立ち去ろうとする母に一言。
『あなた、自分がどこへ帰ればいいのか、知っていますね?よく居るんですよ。知らない人が。知っていればよいのです』
閉店後のマネキン立ち並ぶデパート。すれ違う謎の少女。乗客の少ない電車に乗って家へ。あたる、にしてはやや幼い男の子に『父さんは?』と聞くと男の子が黙って奥を指さし…。
そこにあるのは父さんの遺影。若くはない。すっかり歳を取って老人となった後の父さん。
という事は自分も…?
年老いて痴呆症となり現在と過去の区別もつかなくなった自分。老婆。
恐怖の叫びをあげて覚醒。再びの医務室。温泉マークによく似た医師。
デパート内はまだ昼間の喧騒。家に着いて今日の面白体験をあたるに話そうとしたら奥から見覚えのある顔が。
それは自分。二人の母の間を行き来するあたる。
『母さんが二人おる!? 母さんが二人おる!?』
三たびの覚醒。そこは医務室ではなく診察室。
メガネによく似た精神科医が、これまでの夢は深層心理を読み解くために自分が見せたものだと言う。
そこにあった無意識の願望。
『邪魔者を排除し子供を独占したいという母親の永遠の願望にほかならない』
あたる母はこの推論を真っ向否定。
『意外と芸のない結論ですのね。なんなら通俗と言ってもよろしくてよ。その程度の分析で私の心の秘密を暴こうなんて随分と安く見られたものね。この役立たず。さっき、夢がどうしたこうしたと仰ってたけど、今こうして私とあなたが向き合ってる世界が、まだ私の夢の続きでないとどうしていえるの?』
『二人の医者が自分の影だとは語るに落ちたわね。今そこでそうしてるあなた自身、だれかの陰でないとどうして言えるの?そう、もしこの部屋がわたしの夢の産物なら、あなたを作り出したのもわたしかもしれなくってよ』
そのまま幻魔大戦的光に包まれて飛翔。夢なら好きなように楽しんでやる!
高級料亭喰い逃げ、牛丼屋から牛強奪(牛丼屋に生きた牛はいないと思いますが…)、現金宝石かき集めて諸星家大宴会。しかし、
『そやけど、夢の中で墜落すると目が覚めるんやで…』
テンちゃんが謎の少女に代わって四たびの覚醒。面堂によく似た医師。
デパートの医務室。これもまた夢?
『どんなに現実感あふれる世界でも、それが誰かの長い長い夢の一部である可能性は否定できないでしょう』
『誰かの、ですか?』
『そ、自分の夢とは限りません。自分自身で考え行動してるつもりでも、そうするように夢を見ている誰かが考えているとすれば、何の根拠にもなりえません』
これは誰かの夢? だとすれば誰の?
デパートの外に通行人の姿無し。見上げれば「宇宙戦争」に出てきそうなビルより高いトライポッドがう~ねうね。
『こりゃあ、あたしの趣味じゃないなぁ…』
トライポッドの熱光線で夫共々諸星家消失。爆発と夫の死のショックから目覚めるとそこは廃ビルを利用したトーチカ。つまり本物の戦場。
侵略者に対する攻撃拠点。周りの人は全員迷彩を着こみ…勿論自分も。
侵略者はチェリー。津波のように群れを成して襲い来るチェリーに総力戦を挑む。突入!あたる母も武器を手に…。
突如、頭上から降り注いだ光が一瞬で敵も味方も飲みつくし…。
目覚めれば瓦礫と焦土と化した街で「かごめかごめ」。
これまでの登場人物全員が輪になって。
中心にいるのは謎の少女。うしろの正面だ~れ?
少女が振り向くと輪の中心はあたる母に(そして少女は輪の中に)。
打ちあがる花火。見上げればラムとあたるの乗った宇宙戦艦が。
再び全員で「かごめかごめ」。そのままカメラが引いて宇宙戦艦の全景を捕えてフェイドアウト。
オチも何もありません(笑)。そりゃ視聴者もフジテレビも激怒るでしょう。
しかし、これこそが押井。本人的には大満足だったのではないでしょうか。
個々のエピと言うかシチュエーションは筒井康隆や平井和正、そしてリチャード・マシスンあたりが好んで取り入れているもので、SF好きにはお馴染みのお話(原典は全部「胡蝶の夢」ですが)。
ただ、それを「うる星やつら」という枠の中で、水曜夜7時半と言うゴールデンに放送したというのが凄いというか滅茶苦茶。
誰かの夢を繰り返すというモチーフはそのまま「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」に引き継がれています(「大笑い海水浴場」という小ネタまで被っている)。
新作「うる星やつら」2期の放送は来年になりますが、勿論原作度外視のこのエピがリメイクされることはありません。
★放し飼い×胡蝶の夢と言えばこんなのも。