『参謀殿は前線の負け戦の悲惨さを味わった事がありますか? それも虎が鼠を嬲り殺しにするような…。成瀬部隊が玉砕して戦況が我が方に有利に展開したでしょうか?ズンゲンで死んだ者は全部犬死したのです。敵軍には最善を尽くした後、俘虜となることは許されていますが、我が軍には”生きて虜囚の辱めを受けず”という掟があります。その面子の為に皆死んで行くんですね。私はこのような戦争をしている国に生まれた事を呪います』
恒例8月15日。今年選んだのは、
「最後の突撃」(1957年/阿部豊監督)
ニューブリテン島の東側。日本軍の実効支配地域ラバウル。軍港、航空基地として10万人の将兵が駐留、南太平洋一帯の島々を管轄する司令部として機能していましたが、昭和19年にサイパンなどマリアナ諸島が米軍の手に落ちると、ニューブリテン島は日本軍の勢力範囲の外側に取り残されることに。
ラバウルの絶対防衛線とされたのが西側のズンゲン。
昭和20年3月、歩兵229連隊を中心におよそ400人で「ズンゲン支隊」が編成されましたが、待っていたのは十倍の兵力を持つ豪州軍。
反撃の手段と言えば、夜間の奇襲「斬り込み」攻撃のみ。それもほとんど効果なし。
もはやこれまで。支隊長の成瀬少佐は玉砕を決意、司令部に「決死の突撃をする」と電文を打って音信途絶。
師団司令部は成瀬部隊の玉砕を確信し黙祷を捧げ、大本営にも連絡を。
しかし、成瀬部隊は玉砕などしていませんでした(成瀬少佐は戦死)。
本隊を離れた数十名に及ぶ将兵がヤンマーに逃れていました。
これはマズイ。完全に敵前逃亡。大本営にも玉砕は報告済み。何としても生存者には一人残らず「名誉の戦死」をしてもらわねば…。
心の折れた将兵を(戦争犯罪人の汚名を着せることなく)再び自らの意志と矜持を以て戦地に赴かせ玉砕させる、その重責を担ったのが松下参謀(水島道太郎)。
冒頭掲げた長台詞は、成瀬部隊全滅の真相、いや心情を訴えに単身司令部に帰って来た軍医下山中尉(大坂志郎)のもの。
その想いは責任者の耳には届かず。松下参謀だけが聞き届けましたが、下山中尉は直後自決。
ヤンマーに着いた参謀は直ちに生存の将校8名から現況を聴取。ズンゲンで何があったのか。
衝撃の真相とかはありませんが、このミステリー仕立ての構成が戦闘シーンを極端に排した展開に緊張感を与えています。
ひとりひとりを鼓舞し、軍人としての責任を全うさせる(迷わず死ぬ)ように仕向ける手練が恐ろしい。
深手を負った指揮官のひとりがジャングルを敗走中、これ以上の負担を部下に掛けまいと自決。その遺品の中に与謝野晶子の詩集が。
しおりの挟まれた頁には「君死にたまふことなかれ」。
自決する事が出来ず、銃殺を希望した秋山中尉と馬場少尉。
『秋山中尉殿、万歳を唱えましょうか?』
『いや、俺はやらん』
お気づきかと思いますが本作、水木しげる先生の戦記漫画「総員玉砕せよ!」と同じ話です。
展開もほぼ一緒。違うのは松下参謀(水木版では木戸参謀)の最後。
松下参謀は生存部隊を率いて玉砕行進の先頭を歩くヒロイックな描かれ方をしておれましたが、木戸参謀は玉砕の「報告義務」を盾に後方に退こうとしたところ流れ弾に当たって戦死しておりました。
では史実はどうだったか。
玉砕も戦死もしておりません。だって松下参謀のモデルは本作の原作者・松浦義教なんですから。死んでいる訳がありません。
ちゃっかり兵団司令部に戻っていたようです(水木先生曰く『参謀はテキトウな時に上手に逃げます』)。
この事実が本作の一番怖いところのような気がします。
★8月15日シリーズ
これ以前の8.15は本記事の中にリンクを貼っています。
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