相変わらずの“投げっ放し”&“意味があるように錯覚させる引用”が目立つ脚本でしたが、個人的に好感の持てる一編ではありました。
「ネオ・ウルトラQ/第4話・パンドラの穴」(2013年2月2日放送/石井岳龍監督)
OPナレでニーチェの箴言(怪物と闘う者は、闘いながら自分が怪物になってしまわないようにするがよい。深淵をのぞく時、深淵もまたお前をのぞき返す)を引用。
とある地下空洞に落ちてしまった男。見上げれば穴。そこから覗く満月。
足元にはアバンギャルドなマンホールの蓋のようなもの。
押し開けようとすると中から不快な煙。慌てて蓋を戻すと何者かの声が。
『何故(蓋を)開けない? 望んでいたのではなかったのか?』
声の主はマーラーと名乗った。全ての悪意、憎悪、全ての無秩序、全て本来の世界に満ちていたものの塊。
『お前をたぶらかし、堕落させたものが私を穴に封じ込めた。さあ、蓋を開け私を完全な姿に』
パンドラの箱をモチーフにした禅問答です。
『善も悪も全て捏造された価値だ。世界は欺かれているのだ。真実の世界を見たいとは思わないのかね』
蓋を開け、悪意を解放させるためにマーラーは男に様々な幻覚をみせます。
ありがちな展開ですが、それは例えば「あの日に戻ってやり直したくはないか?」と囁くポール・シュレーダー版「エクソシスト・ビギニング」の悪魔のようであり、「お前を人類の中からただ一人えらんで、宇宙の一切の秘密と真理を教えよう。その代償に、こちらは220億の全人類の生命をうばう」と申し出る小松左京「すぺるむ・さぴえんすの冒険」の意思のようでもあり、あるいは除霊中に朝日の幻影を見せる「恐怖新聞」の悪霊のようでもあり…。
要するにイメージとして嫌いじゃないんですね。
“シュレディンガーの猫”まで引っ張り出して科学的な議論をする様子は「ウルトラQ」というよりは「怪奇大作戦」に近いかもしれません。
やたらスケールのでかい話をしている割にはパースペクティブが開けない箱庭的閉塞空間での小芝居に終始しているのが残念ですが、過去3作品に比べれば“好感触”な一編ではありました。