既に追悼文はあげておりますが、今年2月に亡くなった佐藤純彌監督の遺作を改めて。
てっきり井伊直弼襲撃がクライマックスなのかと思っておりましたが、暗殺は前半(開始後約40分)で終了。
ここを基点に時計を前後に動かして、事件の顛末を追う変則構成。
凝った、と言えば聞こえは良いですが、歴史ものは時間軸をいぢると感情移入が難しくなるのであまり歓迎はしません(巧いとも言い難いですし)。
見せ場となる襲撃シーンは殺陣のダイナミズムという点では、公開時期の被った「十三人の刺客」に及びませんし、勿論、工藤栄一の集団時代劇とは比べものになりません。
ただ本作の演出意図はイチにもニにも「史実に忠実」にあったようで、その意味では完璧と言っていい仕上がりでした。
護衛の任にある彦根藩士たちが、両刀に柄袋をかけていたため、これと鞘袋が邪魔してとっさに抜刀できず、鞘のままで抵抗したりした様子がきちんと描かれています。
水戸浪士・黒澤忠三郎の放った銃弾が襲撃の鏑矢となりましたが、この銃はCOLT M1851NAVY。
ペリー艦隊が1854年に再度来航した際、幕府に贈呈した物を徳川斉昭が入手して藩内で模倣して製造させていた物らしいのですが、つまりバッタモンって事か。
史実が足を引っ張った感があるのが、現場指揮担当・関鉄之助(大沢たかお)の女関係。
息子・誠一郎への「母の言いつけを守れよ」という言葉に「生きて戻らぬ」ことを悟った妻が無言の視線を投げる…なかなかに良いシーンなのですが、妻の元を離れた鉄之助が真っ直ぐ向かったのが愛人・滝本いのを囲った別宅。
史実だから仕方ありませんが、ここはかなりカクっときました。しかも、いの役の中村ゆりがカメラを意識しまくったしゃなりしゃなりとした立ち居振る舞いなのでダブルでかっくり。
事件後、関の女として捕らえられ、石抱(算盤責)を受けている時のリアクションは迫真でしたが…(嫌がり方がすげーリアル)。
結局は維新の捨石となる水戸藩士。斬首を言い渡されてお白洲からひとりひとり刑場へと引っ立てられていく様子を3分間に及ぶ1カットで納めたシーンが印象的でした。